1月 28

1組でも多くの方が「里親」になるよう、行く先々で直接呼びかけます。

天王寺区は大阪市内では「文教地区」として知られ、多くの子どもは恵まれた環境で優秀に育っています。皆がこのことに誇りを持っています。

 

一方で毎月要保護児童対策協議会にあがってくるリストに目を通すたび、その数の多さに驚いていました。

 

そして天王寺区には大阪市でも特に多く児童養護施設があり、里親や養子縁組のマッチングにあたる公益社団法人家庭援護促進協会もあるわけです。

 

この現実がずっと引っかかっていました。

 

恵まれた子ができるのは当たり前。恵まれない子ができて初めて、人間社会としての進化があると私は信じています。

 

まずは知ろうとしなければ多くの人が知らない現実を知らせようと、2月1日発行の広報紙では家庭援護促進協会の特集を組むことにしました。

 

同協会は様々な事情で親が養育できなくなった子どもを里親が受け入れるのを仲介する機関で、大阪市や堺市の委託を受けて活動しています。

 

子どもが産まれて、親に養育能力が無い場合は家庭児童相談所に送られ、児童相談所が児童養護施設に送るか、里親に送るかを判断します。

 

しかし、一部の自治体では、0歳段階では先天的な子どもの障がいの有無すらわからないため、「リスクを気にして里親になってくれる人も見つからないだろう」と里親の委託に消極的な児童相談所も見受けられるようです。

 

そうでなくても里親の委託は登録している人の希望も踏まえなければならないため、マッチングが難しく、子どもたちはどうしても施設に集まるようになります。

 

施設の過密化を避けようと、現在国は4万5000人いる家庭で暮らせない子どもたちの3分の1ずつを施設、グループホーム、里親に分散させる方針を出しています。

 

私も施設を訪問することもあって子どもの数の多さや職員の方々のハードな環境は実感しているため分散化は大切なことだと思いますが、マッチングの困難さは否めません。

 

マッチングの確率を上げるには登録者自体を増やすしかなく、広報強化が求められます。

ただ、いくら頑張っても一般の人はなかなか見ない。

 

「(登録が伸びるのは)やはりドラマやドキュメンタリーで里親が取り上げられた直後」

 

と協会の方もおっしゃっていました。

 

里親というのは、里親になろう!という意思を持った層が調べに調べてたどり着く世界なので、それ以外の層をも巻き込もうとすれば「意思を持ち得る層」に絞り、かつこの層に確実に届く広報をしなければならないなと思いました。

 

里親になっている層は50代、60代の比較的余裕のある家庭が多いそうで、できれば一軒家などスペースにもゆとりある人が望ましい。

 

この条件を満たす方々は天王寺区にも多くおられる。こういう方々が集まる会合などで、私の口から直接、里親の意義や魅力を伝え、理解してもらいつつ巻き込んでいこうと決めました。協会も出前講義的に協力してくださるとのこと。地道ですが、適当な層を確実に口説いていくことこそ正攻法。

 

そうはいっても里親と聞いて身構える人もおられるのは事実です。

 

いくら余裕があっても「金銭的負担」を気にされる方も多いと思いますが、里親手当の他生活や教育のための支援金として里親には子ども1人当たりおよそ14万円が月々支払われます。

 

申し込みをして、「どうして里親になりたいのか?」などのチェックを受ける審査期間が3-4か月かかりますが、手間を乗り越えたら日々の充実と感動が待っているんだろうなあということは、里親のもとで育った子どもたちが大人になってからの対談やインタビュー記事を収録した同協会の会報を読んでいて実感しました。

 

「I美は36歳。『親は、養父母だけでよい』というのが、I美の口癖である。『たとえ、実親に逢いたいという人を何百人連れてきても、私の気持ちは変わらないよ』とも話す。(中略)産んだだけでは親にはなれない。子を育ててこそ親になれるのだ。すでに施設で3歳になっていた、誰にもなつかなかった彼女を引き取り、試し行動を受け入れて、一生懸命手をかけ、愛し、親子という信頼関係を築いたのはほかならぬ養親たちだ。その人たちだけが彼女の親だと信ずればこそ、I美には実母を探す必然性がないということだろう」

 

「血は水より濃い」なんて言葉がありますが、そんなの多数ある人間の絆の一部を削り取って評した言葉に過ぎず、血より濃いものなんていくらでもあると私も信じています。

 

そういう絆に出会えることが人にとっての幸せだと思うし、未来へのきっかけを手にするということだと思います。

 

法令等でも改正の余地はないかとか市事業でも改善の余地はないか(これはすぐ見つかった)とかいろいろ考え始めたので、しばらくこのテーマについて思索に耽ります。

 

*協会の人はソーシャルワーカーの山上さんはじめすごい良い人ばかり^^(写真1)

*ちなみに長期間の里親がどうしても難しい方には大阪市独自の「週末里親」という事業もあります。こちらは施設の子どもたちを週末お世話するというものです。(写真2)
   
 

1月 03

新年のご挨拶

区の広報紙1月号には吉村洋文新市長の挨拶も掲載しております。

今後の市政にご注目ください(^^)
  

12月 28

即興型英語ディベートを全国に

天王寺区では「即興型英語ディベートスクール」を始めて2年目になっているが、この事業は全国展開したいとつくづく思う。

TOEFL等の試験対策をがんばっても、高等教育過程に入ってからの会話指導をやっても実務レベルでの込み入ったコミュニケーションに対応できる英語力が身につく人は少ない。実践的英語力のある人を増やそうと思うならば、
① 相手の言い分をよく聞く②相手に伝わる言い方をする③テーマに応じた発言内容、表現を組み立てることをとことんやらせる即興型ディベートが適している。
教育の延長線上は社会人をつくることなんだから、具体的にどういう社会人をつくるのか、そのためにはどんな10代20代を過ごしてもらったら良いのか、もっと攻めの姿勢で取り組むべきだ。

 

「ディベートは高度な内容なので誰もができるわけではない」と言う人がいるが、こんな基本的なスキルが「高度」に映るのは日本が必要不可欠な英語教育をやってこなかったというだけのことだ。そもそもいきなり完全なディベートが生徒間が成立する/しなければならないと考える方が大間違いだ。小中高大と長期スパンの中で馴れていってもらえばいいわけで、長期でやっていけば細かな個人差はあれ全体として一定の効果は上がる。今天王寺でやっているのは短期間だから「やる気」がある子を募る形でやってるけれど、拡げていくのならば「原則として」全生徒にディベート教育を施してもらいたい。

 

「英語塾とかは民間でも増えていることなので、公費を充てるのはおかしい」と言う人もいるが、英語塾は世にたくさんあっても、英語ディベート塾なんてほとんど見たこと無くない。ゆえにこのロジックに経てば、ディベートスクールに関しては何も問題ない。多くの自治体で乳幼児の英語遊び、小学生の英語キャンプとかをやっているが、それこそリトミックスクールとかで頻繁にやってることなので公費を充てるのはおかしい。そっちこそ断罪すべきだ。民間の教育事業は受験市場の影響を受ける。ディベート教育が全国化して試験科目にも取り入れられるようになって初めて事業者もこの分野に積極的に参画し始める。そうなって初めて公としてこの分野からの撤退を議論するタイミングだ。

 

即興型英語ディベートスクールの様子を見に行くと、いつも生徒達のモチベーションの高さ、真摯さに感銘を受ける。
英語力の身につき度合いに個人差はあれど、今年の春から始めた生徒達はみんなメモから目を離して相手の目を見て発言できるようになったね。じっくり聞いていたら発音や文法上のミスもあるけれど、それは大したことではない。伝わっていれば良い。中国でも韓国でも中東でも南米でもそこに住む人の英語を良く聞いてみたら結構ミスある。でも通じてて国際交流できてるわけだ。日本では英語ができない人ほど英語=白人ネイティブと思い込み、彼らから発音、文法を学び切って初めてコミュニケーションが始まると信じてるが、そんな偏見に凝り固まってるうちに世界は前に進んでいるのだ。

12月 19

橋下市長ご退任

橋下市長が退任されました。 市長を囲んだ最後の所属長会議を終え、見送りを前に市役所に出ると既に黒山の人だかり。呼吸が止まりました。
退任の直前に、去年から私がこだわってきた、効果が発揮されない中過大なランニングコストがかかっていたある局所管の事業を廃止に至らせたことをご報告したら、市長だけでは隅々まで見つめることは不可能なので、区事業のみならず、こうした局事業の細々としたところもチェックをして欲しいとのご指示をいただきました。
最後の最後まで、現場の改革の動きを注視しつつ、難所では強力にサポートしてくださる上司でした。この他にも具体的な事例は枚挙に暇ありません。報道では皆にあまり伝わっていないかもしれませんが、そんな人だったんだってことを声を大にしてお伝えしたいです。
橋下市長の奮闘ぶりに大いに鼓舞され、職務にあたってきた私としては退任は「寂しい」というのが率直なところです。
しかし、感傷に浸る暇はありません。
新市長の下で橋下市長が築かれた改革は進んでいきます。時代の流れの中で、天王寺区のために、不肖水谷にできる最後のチャレンジを実践したいと思っています。

12月 19

ベスト育児制度賞を受賞しました。

2015年ベスト育児制度賞を受賞しました。
栄誉ある賞をいただき、心から感謝申し上げます。
また、拙文ではありますが、リンク先に受賞のコメントとしていじめ対策について持論を述べております。
宜しければご一読ください。

12月 19

自動傘袋装着機をいただきました。

いつもお世話になっている大江地域の若大将、日進社の家田さんが自動傘袋装着機を二台寄贈してくださいました。最近雨降りですが、これで皆さんに区役所、区民センター共にストレスなく利用していただけます。家田さん、ありがとうございました(^^)

   
 

11月 24

つなげ隊その後

天王寺区役所の事業戦略室は前の櫻井課長から今の佐藤課長という2人の「武将」によって本当に鍛え上げられてきたとしみじみ思います。 

全ては3年前、、、
「つなげ隊」などを通じ方々がご意見を言ってもそれが実際に反映されているかがわからなければ意味が無い!
アリバイ作りみたいに「とりあえず意見聞きました」だけは止めよう!
「聞いて何やったか」を伝えることに重点特化しよう!
というところからスタートしました。

 

例えば防犯カメラの拡充を求める声が多ければ、実際にその声にどう向き合ったのか、何台カメラ増やしたのかがわかるポスターが区内80箇所の掲示板に掲出されるようになっています。

 

もう私がいちいち言わなくても、きわめて分かり易いポスターがまとめられるようになっています。
区役所には今、区政会議以外に広く一般から意見を聞く主な手段として、無作為抽出の区民モニターアンケート、「つなげ隊」があります。

 

モニターに回答して郵送してくださる「律儀」な層の人の声だけだと全体の傾向を見誤る恐れが大いにあります。

 

世の中そんな律儀な人ばかりでありません。

 

なので、天王寺区役所のように個別対話、戸別訪問して必ずしも幅広い層に意見を聴きに行く「つなげ隊」が重要となってきます。

 

(よくモニターアンケートの対案でWEBアンケートを主張する人がいますが、WEBアンケートも郵送方式のモニターアンケートと結局同質。回答層がある程度限定されるところは認識しておくべきです)

 

この他に子育てアプリ「ぎゅっと!」を経由したWEBアンケートなども実施していますが、多様な手段の組み合わせから全体の傾向を類推することが大切です。

 

今後はそれぞれの設問内容を厳格に統一させて、両方ともに確実に個々の事業の内容を説明し、「拡大させるべきか」「継続か」「廃止か」を聞いていきます。

 

その上で「拡大」プラス「継続」が60%以上という基準で事業自体の存廃や維持拡充を決めていきます。

 

事業の参加者が「この事業良かった」というのは当たり前で、参加者アンケートの満足度だけで行政は事業の存廃を決めがちですが、事業の非参加者も納税者であることを忘れてはなりません。

 

ステークホルダー(利害関係者)が当該事業をどう見ているのか、把握する努力と把握した内容を存廃判断に確実に繋げるスタンスを、今後も徹底していきます。
みんなキングダムの飛信隊のように頼もしい面々。信頼してます。   

   
 

11月 18

いっそ、国創るか。

改革の途上に、官庁や世論の「懸念」という大きな「壁」

行政の世界に身を置き仕事をしていると、越えられがたい壁に直面することが多々ある。

天王寺区で子どもが生まれた世帯が公費助成がこれまでなかった任意予防接種や病後児保育などの子育てサービスを各世帯が任意に選んでバウチャーで支払うという「子育てスタート応援制度」を導入した。政令市の行政区としては史上初だが、これもまた導入には慎重論も根強かった。そもそも行政区は住民票発行などのルーチンワークや市で一律の事業実施に特化しており、大がかりな独自事業をすること自体が珍しい。

しかし、大阪市のように人口260万人の大規模な都市では、24区ごとの地域特性も大きくことなる。24区一律の事業を実施するのは形式的には平等だが、区によって高齢者が多い区、若者が多い区があるので実質的には平等とは言えない。区によって最重要課題も異なるし、重点特化すべき分野も異なる。天王寺区は高齢化率は大阪市、全国平均を下回る程に低いが、隣の西成区は高齢化率が非都市部並に高い。若年世帯が多い天王寺区だからこそ多数者のニーズに沿ってアンケート調査からも求める声が多かった。

また、かつての「こども手当」みたいにあやふやな財源ではなく、既存の区予算の見直しで施設管理経費の無駄を圧縮して、追加的な財源配分がなくても十分にバウチャーは発行できた。今まで見過ごされてきた多数者(子育て層)も支持しているし(必要性もある)、追加的な財源配分も発生しない、負担がかからない(許容性もある)から「子育てスタート応援制度を導入したい」と内部の議論でも主張した。「行政区はなるべく市一律の事業を維持するべき」という声も根強かったが、最後は何とか導入することができた。この事例のように壁を突破できたこともあったが、「壁」を乗り越えられず失敗したこともあった。

天王寺区を越えて広い視野で見れば、こうした壁は無数にある。例えば大阪では生活保護受給者が増大化し財政に負担を与えているが、生活保護事務は法定受託事務であるため、国法の規定を免れない。つまり、保護費支給の基準や金額決定の根本からアレンジすることはできない。仮にアレンジすることができたとしても、重大疾病を抱える人など、世の中にはどうしても行政が支援をしなければならない層も少なくはない。議論には慎重さが求められ、ナショナルミニマムの定義が変わることは現実的ではない。その他、UberやAirbnbのようなシェアリングエコノミーやドローンなどのテクノロジーが実用化・発展するのも交通法令、旅客法令が支障となり、議論が進まない。

大きな要因は新しい制度体系や技術体系を社会システムとして容認してしまったら、「秩序が壊れてしまうかもしれない」という官庁組織や世論の「懸念」だ。改革は常に「懸念」との闘いだ。行政の当事者として「懸念を乗り越えようとする勢力」と「懸念する勢力」の間に立って調整を続けることを余儀なくされる立場としても、胸の内「もっとスピード感を持って改革すべき事柄ではないのか」と思うことが多々ある。

満州国構想という前例から学ぶこと




大阪や日本という既存の行政単位でがんばって議論をしてもスピードアップには限界がある。だからこそ、逆転の発想で解決策を考える。トンデモと批判されるのを承知で言うと、新たに0から行政単位をつくり、そこで実験して、秩序の安定性を実証した上で既存の単位に適用させていくというのも一手ではないだろうか。
実は前例がある。その功罪は歴史学者等で見解が分れるが、満州事変によって1932年に日本が中国東北部に建国した満州国は戦後日本の制度設計・開発に影響を与えた。安部首相の祖父に当たる岸信介元首相は国務院高官として満州国に赴任し、工業化に力を入れた。その時の経験は通産省主導のもと石炭鉄鋼を重化学工業に集中的に投じて経済をけん引する戦後の「傾斜生産方式」の礎となった。もっとも現代において求められている改革は傾斜生産方式のような統制経済ではないし、占領による新たな実験場も到底容認されるものではないが、新たに国をつくり、そこで成果を上げたアプローチを日本にも適用するという発想は使えるのではないか。

パトリ・フリードマンらの「SEA STEADING」プロジェクト


何を馬鹿な話をと思われる方も多々いるだろうが、世界は広い。世界的に著名なクレジットカード決済大手の「Paypal」創業者ピーター・ティールはが出資者となってサンフランシスコ沖合に新国家を建国するというプロジェクトが進んでいる。ティールはアメリカ新保守主義の大家であるレオ・シュトラウスに影響を受けた政治に通暁した投資家で、実際に彼の出資した120万ドルを受けてプロジェクトを進めているのがノーベル賞をとった経済学者ミルトン・フリードマンの孫にあたる、元Googleのエンジニア、パトリ・フリードマンだ。
建国に向けて、フリードマンらが組織する「SEA STEADING INSTITUTE」は洋上に浮かぶ都市をつくるというもので、デザインコンテストやシンポジウムが行われている。ゆくゆくは彼らはここで社会福祉や最低賃金を廃止、建築基準、武器規制のない独自の政治体制を持ったリバタリアン(自由市場主義者)やアナルコキャピタリスト(無政府資本主義者)のユートピアをつくろうとしている。プロジェクトの過程でも多くの知見が得られるだろうし、極めて高いハードルだが、国連が独立を承認して、国家のあり方について常識を覆す事例となるかもしれない。

< 参考:SEASTEADING INSTITUTE http://www.seasteading.org/ >

  
※写真はパトリ・フリードマン本人。


新国家「ニュージャパン」を建国しよう。


翻って日本。近海に新国家「ニュージャパン」を建設するとしてみよう。筆者はセキュリティの問題などから議論が進まないネット選挙・住民投票などを実験してみたいし、新しい意思決定のプロセス自体を考え、実験してみたい。起業家はドローンでもシェアリングエコノミーでも自由にやったらいい。それらを需要したい人が移住してくるから、「懸念」する人もおらず、気兼ねなくビジネスできる。週末は家族・友人に会いに日本列島に戻ってくる。そんな生活を送ろう。
そのうちどこかの自治体あたりが「うちでもニュージャパンでやっていることを『一部試してみたい』」とか言ってくるかもしれない。それを特区制度で国が承認して、徐々に日本が変わっていく。そうこうしている間に、ニュージャパンの方が魅力的な国になっているかもしれない。

日本の社会システムを変えるために、使えそうだなと思う手段はなんでも本気で検討、選択していきたい。

追伸



ちなみに、大阪にニュージャパンは実在する。サウナだけど。プロレスにも(ry

11月 17

11月17日ABCテレビ「キャスト」に登場

水谷区長が11月17日ABCテレビ「キャスト」の特集で紹介されました。

   
   

11月 17

地方創生ブームとイケダハヤトは「危険ドラッグ 」

○長坂さんのブログ 「まだイケダハヤトで消耗してるの?」へのアンサー

 

イケダさんのような生き方は面白いしむしろすごいと認めてるってのは前回のブログで書いてるし!しかし、少なくとも筆者は真似したくない(真似できない)し、実際にそういう人は多かろう。それなのにイケダさんがご自身の経験を一般化して「都市化(アーバナイゼーション)は終わる」なんておっしゃるから、「それは違うよ」と指摘したまでだ。

 

長坂さんがおっしゃるように、議論空間に区長だからとか議員だからとかブロガーだからとか研究者だからとか一切関係ない。そうした肩書き論で議論を封殺するのは議論の参加者にも読み手にも不誠実。民主主義が成立する要件はメンバーに正しい見識が広く普及していること。データも何もない「都市化は終わる、地方の時代」という甘言が流布され、21世紀の国家・地方のあり方を模索する建設的な議論が害されてしまわぬよう、筆者はささやかながらも反論を試みたい。

 

長坂さんの前回のブログにおける主張のポイントは

 

① イケダさんの言うような「都市集中」は21世紀にストップするという話は「半分正解」。

 

② 高齢者が激増するのはむしろ東京、大阪などの大都市。「地方創生」は都市高齢者の住み替えをやっていこうとしている。

 

③ 地方創生は地方を「ふるい」にかける最後のチャンス。出生率の向上や移住者の増加などの「成功」をおさめた地域を除いて、限界集落などのある地方を畳む方向で動いていく。

 

というものだった。
これらについて以下に論じる。

 

○世界的に進む「都市化」。イケダ学説は大誤り。

 

① については、イケダさんが友達であっても、遠慮せずはっきりと「半分正解」どころか「完全不正解」であると教えてあげた方が良い。人口減少は日本全体を取り巻く現象。都道府県別の人口増減率などをまとめた総務省「人口推計」のうち2003-13年までに人口が増加しているトップ9には、東京の他、神奈川県、愛知県、福岡県、我らが大阪府といった大規模な政令市を含む都道府県が並ぶ。

 

しかし、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には2010年対比で全ての都道府県の人口が減少する。それでもなお、上に挙げた5つの都道府県は全国平均を下回るマイナス6-16%程度の減少率であるのに対して、現時点においても人口減少率のワーストに位置する秋田県、青森県、高知県はその倍近い30%前後。つまり日本全体の人口が減少しても、相対的に都市部に人口が多くなる「都市集中」の構図は全く変わらないのだ。

 

おまけに言っておくと「都市集中」は世界的現象だ。国連のリポートを見ても20世紀の予測より早いスピードで都市居住者が農村居住者より伸びていっていることがわかる。

アジアだけを見てもWWⅡ直後は17%程度だった都市人口比率は2005年に40%に達し、国連人口基金(UNFA)が発行する「State of World Population 2007」によると、2030年にはこの率が55%にまで達すると見込まれている。

 

世界のマーケットからアジアが注目されている現状において、このような傾向を無視した「都市集中は終わる」なんて時代の読み誤りだけはやめた方が良い。イギリスやアメリカ、ロシアが都市集中に躍起になる中、日本も戦後1950-70年代まで三大都市圏に毎年40-70万人近くの人口集中を果たし、これを原動力として欧米を突き放す10%成長を叩き出してきた。

 

それを止めてしまったのが62年に閣議決定されたのが「全国総合開発計画」。「国土の均衡的発展」というテーゼだ。前のブログで田中角栄元総理の政策を振り返りながら説明したが、要するに経済成長の果実をすみずみまで「分配」する原理として持ち上がった「均衡的発展」が分配原資たる果実をも減らしてしまった。経済成長は半減してしまったし、今の国地方あわせて1000兆円の国家債務の基礎も出来上がってしまった。

 

かつての「無理」が「均衡的発展」なら今の「無理」は「地方創生」。私は歴史を繰り返されないよう、警鐘を鳴らしているだけだ。

 

○都市高齢者の地方すみわけは社会主義、計画主義的発想

 

② について、都市高齢者が増加するのは仰るとおり。だからこそ都市部から非都市部への税移転を止めてほしい。福祉施設の用地に限りがあるので、在宅医療・介護も含めて環境整備を進めないといけないから、ゆるキャラとかで「うぇーい」に使っている財源は返還されるべきだろう。そうではなくて逆に都市高齢者を地方に住み分けることに解決策を見出すのは、あまりにも「無理」がある。
都市部は医療機関もコンビニもスーパーも徒歩圏内に充実している。だからこそ、選択の結果多くの高齢者が都市に居住している。そうした都市高齢者の心理を度外視して、「地方で福祉の供給を増やせば住み分けが起こる」と思い込むのは、社会主義、計画主義的極まりない発想だ。

 

非都市部の地方は国の金に依存せず、一番初めのブログ「地方創生を止めて地方消滅でいこう!」で書いたように、「消滅」に向けた準備を徹底すべきだ。人口には引越しなどで人口が増減する「社会増減」と出生児数と死者数の見合いでみる「自然増減」という概念がある。今非都市部は「社会増減」にばかり目がいっている定住促進など人口の「社会増」というレッドオーシャンに無為無策に突っ込んでも結果は出ない。目を向けるべきは「自然減」だ。今入る限られた住民が安心して余生を送り、世を去っていけるようムダを削減して、歳入の範囲内で安心安全の予算を組む。就労機会やビジネスチャンスを求める若手は、今既にそうであるように近隣への都市移転を進める。この傾向を「年収は『住むところ』で決まる」で話題になった経済学者エンリコ・モレッティが言うように「移転補助金」なりを出して加速させてしまうというのも良い。そうすれば自然と「下からのコンパクトシティ」ができてくる。

 

今、富山市などで進んでいるのは国家主導の「上からのコンパクトシティ」。中心市街地活性化計画に基づいて中心市街地に公費投入して商業施設をつくったり、LRTを導入した交通ネットワークを整備したりと移行経費が高くつき、地方債発行も増えている。コンパクトシティのために財政が持続的でなくなってしまったら元も子もないの。コンパクトシティも非都市部同士が近隣都市部と連携して身の丈にあった形で進めていくべきだろう。

 

○バリバリの外資系企業とかじゃないんで、そう簡単に「ふるい」にかけるとかできません。

 

③ については・・・なんというか、業界人であればそうもくろみ通りにまっとうに進まないのがこの業界ってことをわかっておいていただきたいなあと。「ふるい」にかけた厳選投資でいくなら、初めから一部自治体に絞ってとかでやるべきだった。腹水本に帰らず。しかし「手上げ式」で幅広く予算を配るになってしまった。一度つけた予算で結果が出せないならば、一気に引き上げる。ビジネスでもなかなかない。かつての大銀行も「失われた10年の中」で収益性が下がっている業種からましな業種へのシフトが進まず、その後に顕在化する不良債権の要因となった。この業界だと「しがらみ」はもっと入り組んでいる。誰が誰を制して「ふるい」を持ち出す胆力のある人、果たして今いるのだろうか?

 

「地方創生」の甘露に誘われ、しゃぶりつく。
最後ボロボロになったら国のせいにする??
はあ??
危険ドラッグにはまる人たちと全く同じです。
今必要なのは、自治体自身が自らで自らの未来を考え、現実的な一手を確実に打つことだ。
そのゆるキャラで地元守れんの?

 

 

 

 

 

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