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3月 02

図書館は民業圧迫

○図書館は民業圧迫施設 

アカデミックな研究拠点に耐え得る大型の図書館以外の中小規模の公立図書館というのは基本的には民業圧迫施設ですよ。業深き施設であることを関係者一同今こそ認識すべき。
もともと図書館はアカデミックな研究拠点足り得る「知のインフラ」からスタートしたわけど、国会図書館とか大きなところは別にして、中小のとこ行く人はそんな賢い人ばかりじゃない。
学術論文や古典、統計資料読みに行くわけじゃない。多くはふつーに東野圭吾や伊坂幸太郎の小説やら雑誌やら読みに来てるわけ。もはや「知のインフラ」ではない。
商業ベースで生きてる作家、本屋と利害が対立するのは当たり前。少しでも利害対立の度合いを低減させるためには静謐な環境であるという利点を活かし、自習を容認するなど、施設として提供する価値を複数化するというのが望ましい。

 

○「買い支えの時代」

 

それにしても役所のやることって結局民業圧迫になっちゃうんだよね。
圧迫のすべてを取り去ればそれは「あまりにも小さな政府」「無秩序」になっちゃうんじゃないの?って声もあるから慎重にしなければならないんだけど、だからといって「大きな政府」であることに慢心してはならない。

我々は民業圧迫なる原罪を孕みつつ仕事をする、まことに業深い存在であることを認識すべき。

 

例えばうちの「幸村博」だってそう。大河ドラマが目前に迫ってたから、始めは役所も総力挙げて火付けにかからないといけないということで思い切った。
だけど来年度以降はやるのであれば民間主導。図書館のようなカルチャー、「幸村博」のようなエンタメは徐々に公金投入、公的規制を弱めていき民間主体に落ち着くのが望ましい。
どこかの自治体が財政状況も鑑みずに県内に2つも大河ドラマ館を誘致して、思ったような効果が上がらずぶーたれていたが論外だね。
こうした分野で我々にできるのはせいぜい火付け役。火が燃え盛り、安定するために公金をいたずらにぶっこめばいいということでは決して無い。他にもいろいろな事例が聞こえてくる。
私はそれを「おっさん病」、「バブル病」と読んでる。一種の詐術だ。金を湯水のごとく注ぎ込めば何もかも買い支えられると信じてる。しかし残念ながら金は湯水のごとく、ない。
ちなみに日銀のETF買い等による株価維持とか、地方創生の名の下での「終わっちゃってる自治体」への予算配布を見ても思う。
日本は「買い支えの時代」に突入しているのかもしれない。